つまらないに地上のウソ -山崎明保ブログ-

福島のSinger,Songwriter 山崎明保のブログ

笑いと、微笑みの違い

笑いと微笑みの違い

 


最近笑いたくなくなってきた。

病んでるわけじゃないw

むしろ調子はイイ

 

正確に言うと、「お笑い」したくなくて、「微笑み」たい


サービス精神が旺盛な人は、

人を笑わせたり、「笑いにいく」行動をとっている

 


たぶんじぶんもそう。

自分で持ち上げてる感じになってっけども、

少なくとも「そーゆー姿勢では、ある」

緊張と緩和でお笑いすることは、

人にサービスしてるようで、「笑わせた」という手柄をあげたいだけ、とも言える。

 


「笑うことは健康にもよくー

息を吐くことはとても大事ー」

 


なのかもしれないが、

1番大事なことは、「健康でありたい」「長く家族と一緒にいたい」という精神だと思う。

 


その精神は「微笑み!

その行動として健康活動。


自分は、

微笑みという精神はあまりもってない気がしてきている

言葉にとらわっちる

笑わせることにとらわれがち


ソフトバレーをやってて、

味方がミスしたとき、

「ドンマイ」と「ナイストライ」

どちらで声をかけるか

 


自分は「ナイストライ」と言う。

言葉だけ投げている。

 


本当は、

「ナイストライ」の気持ちで、

「ドンマイ」と声をかけるのが1番良い。

というか言葉はなんでも良い

 

「なんでもいい」んではなく、「なんでも良い」

 


自分が混ぜてもらっているグループの人たちはみんな人として微笑んでいる。たしゃたしゃ

 


お笑いとは、本当に「緊張と緩和」

無形のセンスを、磨けて出来ることは素晴らしい。

ただそれは、団らんの場所には役に立たない。

お笑いする側と、鑑賞側がいないと成り立たない。

 

団らんに、境目などなく、役回りなどない。

 

団らんじゃなく、プライベートで飲みに行ったりしても、同じ。

居心地の良さは、緊張と緩和スキルでは足しにならない。


団らんには、微笑みがあれば、


なんの言葉があろうが、なかろうが

なにをしようが、しまいが

まどいあって、いい


愛ってはそういうもんなん


「微笑み」という精神・姿勢は、

「甘え」とは対極のような気もする

それは別の機会


「微笑み」と聞くと、

どーしても必ず

 


「微笑みの爆弾」が浮かんでくる。

 


アリガトウゴザイマス

 

たねとでがらし

イベントや作品発表

その勝機、意義

手持ちの戦力というのかな

 

極端に分けると

たね、もしくは、でがらし

 

どっちか

 

でがらしは、過去の遺産で、

再生レンチンするだけだし、楽

そして、売り上げが見込みやすい。過去実戦済みだからそりゃそう。

 

たねは、広報的な動き。

先への投資、信用の積み重ねであり、

伝わりづらく、実験的な側面もあり、売り上げ見込みづらい。

かすり傷程度の赤字までなら許容して、ゆくゆくは!と考えられるかどうか。

 

長く生き残ってる先輩たちは、

たね、かつ、売り上げ

という理想の商売をしている。

 

長生きする仕事をしたいか

それも一つの価値観なので、

一回打ち上げ花火的に、稼げばそれでいいなら、

でがらしでもちろんいい。

 

たねは、一般的にウケない。でも見られてる

 

でがらしはウケる。

そのウケた人たちは白状なもので、

ここぞというときにはもうそこにはいない。

かつ、ある意味見られてる。

 

もう出ない

20〜30

 

1日で曲を書いた。

初めての試み。

 

昨日は10くらい

 

「もう出ない」

と、なった。

 

筋肉疲労とか、睡魔とか

分かりやすい状態になればイイけども。

創作に関して、

「もう出ない」ってはどういう状態なんだろうか

 

最初に思い浮かぶのは

たぶん小手先の重ね技みたいなの

それはただの足し算だから、限界がくる

 

かと思えば、

引き算も可能だから、まだ作業は進む。

 

足し算と引き算のうねりを続ければ

ずっと書けそうな気がするが、

 

「もう出ない」となる

 

横になり、目を瞑れば

確かに脳の奥の方に違和感がある。

たぶんそこが疲れてるんだろう。

 

どこらへんなのかはぜんぜん、説明できない。

 

受け取るアンテナをずっと高くしている。

高い人は良いけども、「高くしている」平凡タイプはそれなりに疲労があるんだなw

 

作曲は、

ひたすら箱を作り、作り

 

あとで言葉とメロディが自由に踊れるように

 

互いの自由をソガヌヨー、すすめる

 

 

箱の重要性を再認識。

ただ、ギターはボイシングの偏りがあるから、同じコードでもいろんな場所で弾くのは大事。

 

箱を作り続けて、

1回目の限界がきたら、

急にメロディから作り始めていた。

 

箱の中で踊れるのは自分も含まれているようだ

 

明日でコンセプトアルバムの第一工程が終わるかな

記憶vs俺  

最近の大相撲

 

もちろん、若元春、若隆景ガッチリ応援

 

その前後、もしくは直接当たる豊昇龍

 

ほーしょーりゅー

 

あさしょーりゅーの甥っ子

 

ほーしょーりゅー

 

なんだけども、

 

昨夜、朝青龍の名前が出てこなくて、

車移動、帰り道15分間ずっと考えていた。

 

まず「サッカー」が頭から離れないw

いまだに検索ワード上位にサッカーw

 

だいたい名前が思い出せないときって、

「顔は出てるんだけどー」というパターン

 

だが、顔もあやしい笑

 

というのも、

豊昇龍と朝青龍、めっちゃ顔似てる

重なり過ぎて、

頭の中のイメージが定まらない、カスむw

 

昔のモンゴル出身の横綱、休んでサッカーやってた横綱

としか出てこない

 

まったく出ない。

 

思い出せるまで絶対に家に帰らん。

駐車場で粘るつもりでいた。

 

と、同時に!

 

仮に思い出せたとして、

「その瞬間に、どうやって、どういう紐付き方で思い出したのか」

自分の記憶について知りたくなった!

趣味として!

 

ということで、

 

 

ねばり、

 

んー、朝乃山しか出てこん

(この時点で「朝」が付くかどうかも分かってないw)

 

ねばり、

ほーしょーりゅー、ほーしょーりゅー

 

ねばり、、

 

あぁ、

あさしょーりゅーか!

 

ん?あさしょーりゅーか?

 

んー、たぶん、たしかー、朝青龍だな

 

あ?

あれ今どうやって思い出したんだべ

 

まったく一瞬のことで思い出せん

思い出したきっかけを思い出せん

 

なにもない

 

顔から思い出したとか

音から思い出したとか

モンゴルから思い出したとか

サッカーから思い出したとか

歴代横綱から思い出したとか

 

そもそもそうやって、名前を思い出そうとして、

どれもピタリとこなかった。

 

そして、んー、んー、

 

んー、つってたら、

 

 

出た

 

 

なんでやねんw

 

完全に記憶に負けた〜、カンパイ

 

なんのきっかけも痕跡も残さないんだなぁ

 

というか結局、

「あさ」か「ほー」かの違い

それすら出ないんかいw

 

記憶ってすげぇえなぁ

 

曖昧なほどに、凄みが増す

 

カンパイカンパイ

『ダイヤル』

ダイヤル

 


「行ってきます」と、あなたは出かけて

今日もホッと、私は「おかえりなさい」と言う

 


いつもと違うところから、

一緒にダンスをしましょう

くるり...

 


まずはスローに1歩、3歩、5歩まで

足跡は縦に3つ並べて

 


少しコジャレて7歩まで


足跡は縦に4つ並べて

 


「行ってきます」と、あなたは出かけて

今日もホッと、私は「おかえりなさい」と言う

 


いつもと違うところから、

一緒にダンスをしましょう

くるり...

 


「行ってきます」と、あなたは出かけて

今日もホッと、私は「おかえりなさい」と言う

イドー、イドー

歩くこと

走ること

チャリ

泳ぐこと

 

とか、運動は身体にイイが、

 

体感として、

歩くことが、事後に1番調子良い気がする

 

持論としては、

他の運動ももちろんイイんだけど、

「歩く」割合が1番高い状態を保つのが1番イイ

 

なにをもって1番高いかぁ

分かりやすいのは月単位かなぁ

 

人の身体は歩くために出来ている。

だから、歩くことが1番整う。

そこにプラスアルファで何をするかは自由。

 

歩くことで他の運動もとてもスムーズに気持ちよく出来る

 

走って筋肉痛になるところと、

歩いて筋肉痛になるところは違う

汗の出るポイントも違う

 

ただ、「歩くために」歩くことはしたくない。

 

自分の仕事のサイクル

歩きを取り入れて移動できること

必要としてくれているみなさんに感謝

 

ただ、伊達市に2時間はキイたなぁw

 

次の日、すぐチャリ乗った

キヨー、キヨー

崎陽軒

 

器用

 


最近、

器用な人とは、本来いないんじゃないかと思う

 


「いる」か「いない」か

認識側の「器用」の定義による

そりゃそうw

 


30代前半まで、器用であることに常に意識が向いていたように思う。

 


なぜなのか

 


孤独を感じる時間の長さから、抜け出したいという感情

 


そのためには失敗したくないという気持ち

 


総じて不安

 


選び、決めることが苦手

 


だから。

 


自分を知っている人は

異を唱える人もいるかもしれないが、

その人たちはおそらく、

 


不安や苦手から発生した成果物を見て、そう言ってくれている。

 


自分の周りにいる友は皆、それを分かってそばにいてくれる。

 


肌感覚で、

どこまでも人が分かり、

相手の弱さを分かった上で、

相手を立ててくれる優しさを持った人もいる

 


言うことはちゃんと言うがトゲはなかったり。

 

 

 

マイナスな気持ちが強い分、

 


見渡せる良識を得たいと思う。

良識や真理を見つけられた分野はとても判断が早い。

 

 

 

見渡せる良識、一般的に、大学進学のあるある

「将来なにになるか、決まらないから選択肢だけ広くしとこう」的な

 


結局のところ、時間稼ぎ

 


その間、見つかるものもある。

 


見つかった分、タチ悪いのは、

ただ、時間稼ぎのクセがより濃くなってしまうこと

 


カオスに飛び込む勇気からは離れていき、

戦えないメンタルになっていく。

 


スポーツや表現の根本は独り

 


その感覚、

 


本人がハラハラしなければ、受け手がハラハラドキドキするわけない。

 


人が感動するのは、

成果物ではなく、表現者のハラハラ

 


ハラハラを成果物に反映させるスキルは要る

でもそれは汎用性がなく、自分にしか分からず、自分にしか磨けない。

 


人は、それぞれ適性があり、

それでも、出来る質量はみんな同じだと思う。

 


器用な人とは

自分に対してどれほど自己犠牲できるか

ストレス耐性があるか

 


職業によって器用が必要なこともある。

ローカリストだったり、

 


サッカー選手!

 


複数ポジションをこなすユーティリティプレイヤーはとても素晴らしい

 


誰が調子悪いか、

相手との相性はどうか

誰がケガしてしまうか

不測の事態に対応するためにユーティリティ

 


そもそも、ゆらぎのかたまりである人

 


その人の行いであるスポーツ

土俵はそもそも不測

 


人数が限られているベンチ登録選手

ユーティリティプレイヤーは欠かせない

 


でも全員ユーティリティだと、めちゃよわw

それようの戦術を極めたらオモシイけど、トータルフット的な。

 


なんで弱いか、

カウンター的な思考のユーティリティ屋は出足が遅くなる。

 


お互いそれではより遅くなる。

 


もしトータルフットにするなら、戦術の共有が欠かせない。

なんの話やねん

 


どうあっても、わがままなプレイヤーだったり、確固たる戦術だったり

軸が要るというはなし

 


いや、器用のはなしw

 


軸のムズかしさは、やっぱ見つけ方

 


自分やチームの中にしかない真理

この答えは、素直の中にしかない

 


なんなら、自分の弱みの中にしかない

 


人の個性は、弱さの中にある