つまらないに地上のウソ -山崎明保ブログ-

福島のSinger,Songwriter 山崎明保のブログ

蛭子能収さん

団らん

 

まどい、カオス

 

そんなことを調べていて、

具体的な人、だとだれだべ

 

蛭子能収さんだな

特にカオスという点で

 

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他にも合わせて5,6冊読むと、

今までテレビから受けていた印象がガラっと変わったなぁ

 

本だと

政治、世間の流れ、含めてロジカルに物事をとらえられて、ロジカルに説明できてる

自分の考えも持ってる

 

それに加えて、かなり映画が好きなようで

おそらく、

自分を俯瞰で見て、

視聴者に楽しんでもらえるための

「健康に出来る範囲での自分の提供」をテレビでしてんだな

 

結論、

蛭子さんはテレビで「抜いてる」

 

ただ、本当に抜いてるから、「どんなボケになるか」

出るまで自分でも分からない

 

嫌われる勇気をもってる

どう見られたいかとかこだわりを何ももってない

 

強いて言えば、

「漫画家」「こだわりをもたないこと」

この2つだけ核にある

 

その分析と勇気があれば、発言がメインのテレビにも出れそうだけど、

きっとそういうのは断ってる

 

ウケるだろうけど、一回出てしまったら、すべて終わってしまう

それも分かってるんだろうなぁ

 

着地しないように

「抜いてる」ボケとして使われるように

ロケとかしか出ない

 

蛭子さんのSNSあったら見たいなぁ

 

 

やんねぇだろな笑

そりゃそうだ

「甘えの構造」 土居健郎

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めっちゃイイ本だった。

 

対人関係の根本は、「甘え」

そして、日本人にとってのそれは、特異なものであるということ。

 

読んで、とても清々しくなった。

 

個人的結論は

「甘え」の総量は万人みんな、同じ

 

「甘ったれ」は悪いことじゃない。

人に優しくなれたり、心を許せたり

世代間の価値観のスレとかにもよい感性をくれる本

 

対人で、まっすぐ甘えられる人

 

そうはなれず、

「甘えないよ」という甘え方を結果してる人

正しさや自分の欲に寄りかかってしまう人

偏見などもそういうこと

 

人に会ったときに、どういう甘え方をしてる人なのか、感じれるようになったな

 

今までも見えてることはあったが、「甘え方」として受信すると、心がとても気持ちよい

 

仮に甘え総量が同じなら、人の違いは

甘え総量の「表し方」、「甘え方」に個性が出るということ

それがパブリックという感性がある欧米か、

空気を読む日本人か

それでも出方が違う

 

ちなみに、「自分を出す」「自分を持ってない」とかそういう表現は日本独自のよう。これはネガティブな意味

 

考えさせられたのは

甘えの一側面と言える「無遠慮」

 

1番親しい人に「無遠慮」

そして、

「もう一生会うことはねぇだろーなぁ」という

1番縁遠い他人にも「無遠慮」

 

真逆の相手に

同じ無遠慮笑

興味深い

 

対極の間にはどんな違いがあるんだべ

 

甘えについて自分は、

甘えの表し方が特に独特

そしてヘタ

だからデブ笑

 

もう気づいたから変えるけど笑

運動して痩せるとかそういうことでなく

 

「直す」ではなく、「変える」と言ったのは、

あくまでも甘えの総量は変わらないから、

そのバランスを「変える」というだけの話

 

人に素直に甘えて、

ひとりのときに厳しくあろうかなと

 

「ひとりのときに厳しく」というのは、孤独が必要な表現時のことで、

その他は、自分はなくていいし空気でいい

 

むしろそうでないと、メリハリをつけないと

厳しく濃く出来ない

 

今さらだが、甘えの前提は、

他者に対してのもの、無自覚、愛情表現

 

自分で甘え方に気づいたときには、それはもう「甘え」ではなく、「あざと」

 

「甘え」がステキに見えるかどうか

 

それが「粋」かどうかなんじゃないかな

 

自分を自由に泳がすのが「甘え」

 

それに対して、

おいー、ちょいちょいー

 

と、自分にツッコミを入れるようなことが「粋」

 

ボケとツッコミ

おもしろい漫才師のボケの人っては、

性格を素直に活かしたボケをしてる人だったりする

 

自分の甘えに気づいてくれている人たちには、感謝しないとならない

珈琲問屋 福島店 9月2日オープン

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たまたま用事あって近くにいたら

オープン日

北信学習センターに蛭子さんの本借りに行っただけなんだけど

あんまりそういうタイミングでいくタイプじゃないんだけどー

せっかくいたので

 

めちゃドリップパック

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メインの生豆の写真.忘っちゃ

撮ったつもりだった

 

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いろんなコーヒー器具をお試しできる

体験ルーム

 

豆の買い方、体験ルーム

お客さんがカスタムする自由度が高いお店

 

「わたしのくらし」を大事にする

ふくしまのひとの気質に合うか

 

立地、

とうほくの脊髄、背骨

極太国道4号のマックも閉店する街笑

車の通り道がそんなに「ついで」にはならないこの街。

それが交通量が多いとなおさら。

ドライブスルーがあったとしてもw

ふくしまに限らず、ドライバーはみんなお疲れさま

 

カフェが多いなど、リサーチしてオープンしたのかと思うけど、

疲れてる人たちに、「自分で選ぶ自由」は要るのか

 

路面じゃないにしろ

ガラス張りで見られる体験ルームは、性格的にフィットするのか

 

内にアツさをもったドライな20代に適してる

そういうひとがいずれ店出してほしいなぁ

問屋世代!

 

えど笑

 

「これから個人店を知る人」にとっては、間の感性を橋渡ししてくれるような、優しいお店になりえる

 

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チラシ、、、シンプルフォーマット

そして

QR百裂拳

 

でもなぁ、「問屋」だからなぁ、良いな。

 

「問屋」っていうネーミングって便利

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自由度が高い店のとなりに

 

タンメン1つしかないストロングスタイルのお店

 

みんなおいしそうに食べていた

 

裏の斜め通り一本道は、

コーヒーの香りがして

タンメンの香りがして

 

心地よかった

腹減った

明らめるのは良い

表現もスポーツも内省も

勝ったり負けたり、成功したり失敗したりという混沌、まどい

カオスの中に身を置かないと、歩んでいけない


「失敗せず傷つかず、成功したい」というのは、

そもそも文として成立してない

成立してないことを望むからこじれる


負け続けても、いつか勝って上書きすればイイ


でも、誰しもが喜んで傷つくひとはいない

傷つきたくないと思う

余裕がないとそうできない


スポーツには時間に限りがある

高みもハッキリしている


表現はその点、やさしい

自分で選べる


変えられないのは自分の性格だけ


勝ったり負けたり、成功したり失敗したり

傷ついても大丈夫なフィールドを選定すること


投げ出さず、練習努力できる畑を自分で選定すること

 


それが長生き


自分に合ったものを選定することは、とても楽しい

練習のメニューを考えることも楽しくなる


楽しくなるまでには時間がかかる


選ぶとは、判断だから

判断を磨くことになる


判断するために、悩み迷わないために

捨てるべきものを捨てる

自分を受け入れ、明らめる心が要る


表現とは、自然に習って「正直」を表すこと


正直は美しい

 


「生きたい」という心しかないからだ


そういられないなら

「お笑い」として消化すれば救われるが、

突き詰めれば、お笑いも正直かどうか


結局は、

部屋はキレイ?車はキレイ?道具はキレイ?

心は?

 


悩み苦しんでいる人は、

悩み苦しむことをやめることはできない

 


だから友達は、

友達をやめてはいけない

なにがあってもそばにいなければならない

静観と諦めることはちがう

 

でも、明らめるのは良い

聖光学院3回戦進出すばらし!

6,7,8回あたりの聖光のすすめ方素晴らしかったなぁ

 

送りバント失敗、アウトになり、

2アウトになるにしても、送りバントしたり。

 

攻守交代のリズムが早くなっていった。

 

監督が

「早くゲームを進めること」を重視してたように思う。

 

格上に勝つための考え方。

点数をとるのも大事だが、ゲームの進むスピード、リズム、テンポ感のほうが、格上に勝つのには必要

 

早く進めることによって、格上のチームは焦っていく。格上であればあるほど、

残り猶予が少ないことにプレッシャーを感じる

 

5回までで3-2で勝ってたわけだけど、

スコアがタイや1点ビハインドだとしても、

同じ戦法のほうが、最終的に勝てる可能性が高い気がする

 

9回試合終了まで、

ずっと興奮して観させてもらいました。

 

聖光学院横浜高校

みなさん、ナイスプレーありがとうございました。

拾ってもらう側か、仕掛ける側か

中心か辺境か

 

視野によって立場は変わるが

事業主として生きる場合

ふくしまでは、拾ってもらう側でいるといい

 

深いことをして、見つけてもらう側でいる

 

それがふくしま的合理性

街の気質に馴染むし、

気持ちよく生きられる

 

東北はもともとそういう場所だし、

東北の中で仙台とかってなるとまた視野によって立場は変わるが、

ふくしまは特に変わらない

 

福島市と周りの市町村でも変わらないと思う

 

人里離れて、職人作業をするのが1番だが、

 

街に触れながら研ぎ澄ます方が新しい

 

なにを研ぎ澄ますか

それを見つけることはとても楽しくて大変なこと

自分はなにを気持ちよく続けられるのか

どんな環境だと気持ちよく続けられるのか

 

研究して高めて遊ぶ

自分にとって飽きないものはなんなのか

 

見つけてくれるのは、ひょんに

周りだったりする

 

深め、研ぎ澄ましていく方法も

自分で見つけなくちゃならない

 

対価は遅れてやってくる

 

研ぎ澄ますだいたいは、

出くわさないと伝わらないもの

 

どれどれ、出会いにいこうじゃないの

と、仕掛ける側の足を運んでくれた人に

 

充実感もって、幸せな帰路についてほしいよね

ポップとデジタルとアナログ

ダイの大冒険のポップ

 

へタレで、逃げ腰で、言い訳上手で

 

とてもにがてなタイプw

 

ただ、パーティーのムードメーカー

そういうもの

 

なんだけど、そういう人は、孤独が向かない

マァムがそばにずっといるように

 

ずっと恋してるほうがいい

まぁそりゃそうだ

ムードメーカーっては、お調子モンなわけだし

 

それにしてもー、

ダイの大冒険

旧作と、新作

 

アニメ声優ってはー、

代がわりとか変更になって

上回ることがないような、、、

ドラえもんとか、サザエさんとか

今回のでいうと

アバン先生、ハドラー

どう考えても前の方がー。

 

 

たくさんアニメ見てる人たちはどうなんだろ

「代がわり声優が上回ったこんな作品あるよー」ってあったら知りたい

 

それにしてもーー、

(何回言うねんw)

 

ダイの大冒険(DD)の、

新作と旧作

声優抜きにしても

旧作の方がいい

 

新作と旧作や、時代の移り変わりでよく思うが、

それは結局、デジタルとアナログの違いなんだろうなと思った

 

旧作もデジタル技術がなかったわけではないが、

1990s前後

ちょうど、アナログとデジタルのちょうどいい折衷だったんじゃないかと最近思う

 

アナログが非効率というのは単に、

デジタルを前提にした比較なだけ

 

アナログとは、「人の動きの美しさ」

それは受け手の心を動かす

 

「人の動きの美しさ」と「効率」

折衷してやっていけばいい

 

作り手も受け手も、気持ちよく暮らせるように

 

でも、新作DDはグラフィックというのかなあ

なにか薄い

軽いように見える

 

伝わってこない

迫力っては、「キレイさ・鮮明さ」では出ないもんなんだなぁ

 

そもそもキャラが立ってるし

脚本というか、筋がおもしいから見れるんだけど

 

言葉が容れ物であるように

作品もまた容れ物

 

デジタルは、日本酒における醸造アルコールのようなものなんじゃないかなぁ

必要なものだが、あくまでバランスを美しくするもの

 

音楽

 

写真

 

映画

 

何ににも言えること