虚構の入り口
視覚から、点と線からダジャレをしたり、見間違えたり
聴覚から、例えたり、聞き間違い、勘違いをしたり
書いていて、書いた言葉や文に対して、少しズレたことを付け足したり
自分が遊び心を持っていたら、入り口はふと現れるものなのか
書いていった言葉たちを「動かそう」「流そう」とする心が虚構への入り口の通門証なんじゃないか
言葉も生きているんだな
呼吸させてあげられるかどうかは、書き手次第か
スマホ捨てベンチ座り3日目
いや、さみぃ
シンプルにさみぃ
寒ければ寒いで、
自然と早く書き終われるだろうと
あと「厳しい環境で書いたら、何か新しい収穫でもあるか」と期待したんだけど、
早く書き終わって、さみぃだけ
とはいえ、日に日にわかることが増えてきたし近づいている。
そもそも毎日書かないと、読まないとダメなことね、そーね
ギター含めてもルーティンとして、そんなに時間かかることじゃないから、とても良い。
曲の生産性も良い
生産性というと品がない笑